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スーパームーンまであと少し

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寒くなってきたのでヒートテックのとっくりを着たら、ちょっと暖かすぎた今日の夜空に、あと少しで満月となる月が明るく輝く。
14日の月曜日には地球との距離が最接近するそうで(約35万キロ)確かにいつもより一回りくらい大きく明るい。
一番遠くなる場合の距離は40万キロというから、相当な差ではあるが宇宙規模でいえば5万キロなどは刹那、誤差、ゼロに等しいかもしれない。
晴れていれば必ず見える月は、大阪のど真ん中からでも観測できる数少ない星の代表として貴重で大事な星。
表面の細部なども品質の低い望遠鏡でもしっかり観測確認できるので夜中に頭のリフレッシュなどにとても重宝する。
見てて飽きるか飽きないかは人次第だが、日々位置が変化し満ち欠けがとても速い頻度で変化するので、あんまり飽きることがない。

というか、やはり大阪では惑星以外の他の星や星雲等を見ることがとても難しいので(見えんのだ、ほんとに)月が一番の対象となる。


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そして当日は曇り。ずっと月ばかり追っかけるわけにはいかない。
明け方、白みはじめた西の空にまだ残る満月を見つけて慌てて撮ってみた。
写真ではわからないが少しだけ大きくみえる。しかし「言われてみれば・・・」という程度であり
スーパームーンのスーパーは確かにスーパーなのだけど、いつも気にしていなければ一夜ではわからないだろう。
それに、月は地球から見ると満ち欠けをし、全く見えない期間もある身近でありながら不思議な天体なので
最接近時でなくとも満月時には眩しいくらいに煌々と夜空に君臨するので、印象的に大きく見えても当然である。

このお月さん、年に3cmほど地球から遠ざかっているそうなのでこれより大きく見えることは今後も無い計算になる。
狼男も住みにくく、年々変身しにくくなっているかどうかはわからないが
狼男といってももうピンとくるのは中年以上かぁ、、と書きながら真性どっぷり昭和の自分に少し笑ってしまう。

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安かったので性能も気にせず買った型古のコンデジに焦点距離だけで言えばものすごい望遠が付いているのは、
後から気がついたにせよ、普段ほとんど使い道が無いとはいえ咄嗟の時には重宝する。
月を撮っても自己納得の他に特に使いみちがないが撮影したくなるのは性かもしれない。
悲しいことだが年々眼が悪くなっているので肉眼よりもしっかりと細部まで見れるというのもココ最近は理由にもなってくる。

よく見れば端の方のクレーターもなんとか解像しているように見えたりして、こんな小さな素子と毎回出す度に伸びていく望遠域は
絶対性能的には当然低く、ほぼ宣伝用とはいえそれなりに進化しているのだなぁと少し感動する。





 



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by shonencamera | 2016-11-12 03:24 | 天体・その機材他 | Comments(2)

NO MUSIC NO LIFE

あぁ、135mmじゃやはり足りねーか。。。と、面倒臭がらずに70-200を持ってくるべきだったと思いつつ構えて待っていると
”パァパァァァァァァン!!!” と専用軌道から珍しくチン電のクラクションが通りに響く。
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警笛を鳴らされても悪びれる様子もなければ手や挙動で「すまない、信号に気が付かなかった」と詫びる仕草も見せず、大きなヘッドホンを装着してただ真っ直ぐ前を見て変わりなく等速移動する様は、これからこういう子が社会を動かしていくのだという恐怖と、この国の10年後、20年後の行末を案じてしまうくらい、ファインダー越しに見る僕には彼にとって当たり前の行動のように映った。

これに限らず、ここそこに蔓延する歩行者用信号が点滅になっても歩みをちょっとでも早めることなく、赤になっても同じ歩調で歩けるヤツ。
赤になってからですら、さも歩行者は全てにおいて優先、轢けるものなら轢いてみろ、と言わんばかりに渡り始める気狂い。
(これ昔ならそんなこといつもしそうな見た目でわかるややこしいオヤジとかラリホーなレゲエとかだったんだが、今はそんなことしそうにない見るからに普通の一般人がそれをするから逆に戦慄を覚えるのだ)

いつの間にかなんか当たり前の光景になってるよなぁ。。


90近いジジイが子供を跳ね飛ばし、さてはて、よく覚えていないといい
2種運転手でええ歳したおっさんがポケモンGOに夢中だったり
挙げ句の果ては我が子を山中に捨てて児童手当をもらう鬼畜。。

ニュースを流しながらPC作業をしていると、気が滅入り、呆れて言葉を失う出来事ばかりが耳にも飛び込んでくる。

いつからこんなに恥知らずが世の中を堂々と胸を張って闊歩するようになったのだろう。
何故こういう躾や社会性など微塵も感じられない輩に自由や権利などを等しく与えているのだろう。

権利や平等や個々の自由とかをうたうには、それ相応の義務を果たし礼節を弁えて初めて得ることができるはずなのだが
もうフリーダムすぎてシャブ中が作った世界にひとつだけの花が今だに大好きな日本ではそんなことすら今は昔なのかもしれない。

NO MUSIC NO LIFE

たしかに音楽は人生をとても豊かにしてくれるものであるが
御大層なヘッドホンでいつでもどこでも移動中にわざわざ音楽聞くよりも
恥を知ること を真っ先に覚えた方が人生において有意義なのは間違いないだろう。

(素直な意見としては「そこまでして音楽聞かんとアカンか?聞かんと死ぬんか?」と思うが)

が、それを誰にも指摘されない、この先も自分で気づくことができそうにない、ということが気の毒になるほど最大級に不幸でもある。

ただ、もっと不幸なのはこういうフリーダム(と一時的に呼称しよう)が増え続けている、という事実か。
いつかフリーダムが世の中の過半数を上回れば、それが世の中の基本常識に変わってしまう可能性もある。
一般社会で自分は極普通だと信じて疑わないフリーダムと接触しなければいけない一般市民が一番不幸とも言える。


こういうことを ふーーーーむ、、と考えるようになったら完全に年寄りだとは思うが
子供写真を撮っていても、会話は成立するが最後まで眼が合わない子供、集合写真の時にどうしても整列できない子供、
昔から居なかったわけではないが、ここ数年でものすごく急増しているのを現実としてリアルに実感している。
ただの出入り業者の写真屋が感じる、たまたまのことだといいんだけどね。。

なーんか、歯車が違ってかかっていて、それに気付かずにギシギシいいながら回っているような気がしてしょうがないのだ。





さて、この季節はずーっとPCの前で膨大な量のデータと格闘ニートとなる毎度なので、機材を見直し必要であれば入れ替えをする季節でもあり
まだデジック4機種がまだ現役だったのだがようやく退役してもらって新しくなった。
それを使ってあれこれ気に入った点や進歩に驚き頼もしく思った点など書こうかと思っていたがまた機会があればゆっくり、じっくり。

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164というシンプルな名前の昭和一桁の古参兵。エアコンが付けられないらしいので夏は出動しないそうだ。
これを撮ったら帰ろうと構図とイメージを決めて待っていたら一番良い場所に右折待ちの車が。。あ~ぁ...。
カメラを新しくしても運とタイミングが最重要な場合も多い。確かにそうだ。でもその中でもその瞬間のベストを瞬時に探して変更する。
そういう作業は一瞬だけども、予想通りにいかないところを面白がることができなくなったら終わりかなと、なんかそう思う。


 

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by shonencamera | 2016-11-09 19:52 | プチ鉄 | Comments(2)

機材の置き方から考察

人間は手にとった瞬間に、その物体、物質、動植物(もちろん人間にも)に対してその人なりに適切であると判断した扱いレベルを自然と導きだし、接触、操作をして対する。その初動のレベルは個人が蓄積した過去接触物質・物体・機械・(あるいは対人)のデータベースからであり、一般的に精密品でもそれを精密品だとか、これは頑丈で単純加工品だとか、この動物は危害を加えるかそうでないかなど、認識するには基準となる自己指針が必要といえる。

カメラは人に危害は加えないが扱いに関しては少し慎重さが必要な精密機械で、今ではそれに「電子」という単語が加わる。
僕のようにかなりラフに(みえる)扱うヤツもいれば、少し過保護気味な人もいたりするがそこらへんは人柄や性格や価値観などが垣間見えて面白い。僕は意味もなくラフに扱うわけではなくそう扱わざるを得ない状況で撮影せねばいけない場合が人より多いということである。ただそれによってエラー挙動、内部オーバーロードでの自己破壊など一般使用ではそれほど遭遇しない残念な結果も多々経験し、それが積み重ねることによって増えてしまう経験値(つまりデータ量)が人よりも少し多い。

どういう場面でも脳内にインプットされている過去の経験自己データから、この状況、この組み合わせではこれくらいの扱いで良い(この扱いで良いと書けばネガティブな語弊が生じるがそういう意ではない)このくらいは耐えてくれる、これは身体をもってしても保護せねばならぬ、などとその場その場で最善ポイントと最低限ポイントがわかるので(自分のデータ範囲内で)それを意識せずとも自然と行っている。限界ポイント即ち「機材が壊れる」ということでそういう点はあまり経験しない方が色んな面で良いが、経験しておくと機材が悲鳴をあげる声が人よりも早く聞こえるような気がしてしまう。それに早く気づくことができれば予知であるが、大抵はコトが起こってしまってから「あぁ、あれ(あの音、挙動)はそういう意味だったのか。。」というアフターカーニバルばかりだが。

もちろん全て自前の機材・機械であり、他人のものを借りて撮影するなど滅多に無いのだが、もし仮に人様の機材で使用する場合などはこれまた瞬時にその場とその機材の最高ランクでの使用環境と使用状況をできるだけ選び操作するので、これは人間が瞬間判断に長け、臨機応変に対応できるという優れたポイントともいえる。

結局自分の脳内のデータ量を増やすことが必要ではあるが、蓄積したデータを有効活用に結びつける向上意識が無いと、ただデータ量が増えただけでは意味がない。意識する努力が無い場合は、例えば何が良くて何が悪いかの判断基準そのものすら作ることができない。少し前に「ゆとり」が巻き起こす様々な「え?」という言動が社会問題になったりしているが、それも個人の中での判断基準、その構築への努力の圧倒的不足からくるものだろう。簡単に言えば「そもそも年齢に応じて知っておくべき事柄や常識を知らなさ過ぎる」ということと「知らないことを恥じる気持ちの欠落」がゆとり世代よりも上の世代からは理解し辛いということだと思う。
ただ、ゆとりを弁護するわけではないが、ゆとりを産み育てた張本人は「ゆとりは使いモンにならん!」と貶している昭和世代の大人であるってことだ。

僕ら昭和世代が子供の頃にも、アホすぎると子供ながらに判断できる大人は山ほどいたし、今でもゆとり同等かそれ以上にどうしようもない昭和世代は一歩外に出ればすぐに散見できる。どの世代でも真のアホは必ず発生し、そうでない人、そうならないように努力している人もきっとほぼ同じ割合でいるはずだ。

限られたエリアの中で知り得る情報量は限られていて、そこでの滞在時間が長くなれば長くなるほど刺激に慣れてしまい客観的な視線で見れなくなってしまう。なのでできるだけ自分のエリア外にもでかけてあれこれと見聞しておく、その気持ちが自分の今の位置をより明確に自己判断できることになる。


話を戻して今回は電子精密機械であるカメラの置き方。電子という単語が加わったので扱いには過去のメカニカル機と同様かそれ以上の丁寧さが要求されるのが当然だが、内部技術の向上は電子部品だけではなくショックプルーフという分野でも向上している。最先端電子機器のデパートのようなスマホを落としてもそうそう簡単にぶっ壊れないのも、技術の進歩の結果のひとつである。

今回とりあげるのは電子があまり関係しない部位、原始的なちから、力学の話である。
これは関西のカメラ修理のプロフェッショナルの方がとある講演で教えてくれたことである。

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先ずは普通の標準ズーム系を標準的な大きさのボディにつけた場合の正しい置き方というのはAかBのどちらだろう?
こんなこと考えたことあるだろうか。
僕はどこで聞いたか覚えてないのに何故かなんとなく知っていたが、実際には正しい置き方を今まで一度もしたことがなかった。
というよりも、実際の現場などで正しい置き方をしようにも「非常にやりにくい」という単純な理由である。

さて、答えは A 

理由は レンズ質量ができるだけ均等にマウント部にかかるようになるのが理想
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レンズ交換式カメラはレンズとボディとをマウントというもので結合している。
このマウントの部分ってのはカメラの肝部分で、細かく言えば1000分の何ミリという非日常の精度だったりするそうだ。すごいもんだ。
なのでレンズを真上にしてレンズ自重を均等にマウントに伝え置くというのが理想ということ。言われてみれば「なーるほど」である。
Aのレンズを真上に向けて置く方法だと、レンズ質量は全て真下のボディにかかることになりマウントが受ける歪は最小限にすることができる。

でもなぁ、、意識しないとレンズ上にして置くってなかなかできないのだ。
せめてバッグに収納するときにボディを下にして入れる、ということを意識してやってできるくらいで、意識を捨てたら僕などはレンズを下にしてガボ!っとバッグの決めたセパレーション位置に突き刺すように収納している(まぁこれはこれで上下が逆というだけで理にかなっていることにはなる)。


さて実際には大半の人が自然にそうしているだろう、Bの場合を考えてみると
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ボディとレンズの質量分それぞれ接地面(ここでは机の天板)から垂直に「物体が地面を押す力」というのが発生する。
(なんだか物理の時間みたいになってきたが)
だが、接地面がボディは平面としてもレンズは胴回りがくびれていたり、フード直径よりも鏡胴が小さいことが多い為に地面と接触していない。
例の写真の場合は一番太いレンズフード部分の2点(大まかに)でしか地面(机)と接していない。
レンズ(フード)部分は面接触ではなくほぼ点接触となるので単位面積辺りの質量は増えてしまい分散されず集中した重さがレンズ先端に加わる作用がレンズにとっては良くない。

これがどう悪く作用するかというと、矢印でイメージを書いてみたが赤い力が発生してマウントの上部付近に力が集中してしまう。
図では端折ったが、その180度真下のボディ側マウント部ではレンズ側に引っ張られる力も少ないが発生する。
重いレンズであればあるほどそれは強い。(とはいえ、大きく重く高価なレンズほど鏡胴自体の剛性は高いのも事実)

このようにBの場合は置いているだけで常にカメラマウントを歪ませる力がレンズ質量に応じてその何割か発生するということになる。

なんてことだ。


といっても、Bの置き方をすればするほどマウントが歪んでいつかスケアリングが狂うかというと、それが目に見える(=モニタで判断できる)までに狂うとは今までの経験上思われない。それくらいで狂ってもらったら写真屋は非常に困る。確かライカ本のおぼろげな記憶があるが、M型ライカのボディを固定し、それに装着したレンズを手で掴んで大の大人が全体重でぶら下がってもびくともしなかったそうで、それをライカ社が見学者にやってみろと勧めていたとか。本当かどうだかは行ったことがないのでわからぬが(それもMライカのレンズといえば一眼レフ用交換レンズと比べれば恐ろしく緻密で精密感溢れるが、大きさと重さでいえば遥かにコンパクトで軽量である)昔のカメラですらそれほど頑丈に作っているということである。
ライカの剛性がどの程度かはともかく、メーカーも必要剛性以上のかなりの余裕マージンをとっているだろうし、それが無ければ怖くて買えないし使えない。
丁寧に置けば寿命も当然伸びる(精度が保たれる)だろうが、今ではボディ寿命は発売されてから既に市場価値的カウントダウンタイマーが始動しているので、2世代弱くらいのスパンと考えればこれもさほど問題とならないだろう。

ただ、それをしっかり理解して使うのと、そんなことまぁいいじゃん、とではやはり差がでる。

内部構造を熟知している人からの視点ではマウント部など大事ですよというのもすごく言われればそうだよなぁと理解でき、(できるかできないかはともかく)できればそう心がけたく思うのだが、それよりも現実面で機材を安全に長く使えるように心がけるのに一番重要な点は

置く場所

だと僕は考える。
つまり、(よくやってしまうが)何の気なしに「机・テーブル」などに置くことをできるだけ回避する、ということだ。

なんでそれがダメなのかというと、レンズやボディに位置エネルギーを自らの手で与えてしまうからである。
つまり、机を代表とする高所に置いた途端に位置エネルギーを持ってしまい、それが万が一の不幸な偶然により愛機破壊エネルギーに変化する可能性が常にある、ということだ。

ストラップがダランとさがってて、猫がウニャンとそれにじゃれて落っこちる。(猫に責任は無い)
会話してて大爆笑して叩いた手が、肘が、運悪くあたってフォーリンダウン。。。
可能性は数え上げれば枚挙に暇がない。

なので、できるだけ地上に近いところに置くことが望ましく、これに尽きる。
(ふつーは地面置きした蓋OPENしたカメラバッグに一時的であれ置きますわな)



床に近いトコロに置く場合でもモノによっては気をつけなければいけない例もある。


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これもちょっとやってしまいそうになるが、1キロを超えるレンズでこういう直立での置き方は短時間であれNGだ。
もしコトン!とその場で倒れただけにしてもその質量分が変化した衝撃パワーの内部への影響は強烈で、内部支柱ダイキャストなどに軽くクラックを入れてしまう。
丸型フードならいざしらず、安定性のかけらも無い花形フードを撮影時状態で装着したまま倒立させるとかは、自ら喜んで自機を破壊してるようなものとなる。


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70-200クラスでは常備されてる三脚座、みんな使わないのに上部に固定して手持ちしてるのをよく見かける。なんで使わないのに付けてんだろな?と常々不思議に思っているが、その使わねぇ三脚座は横に置いた時にちょっと有効かもしれない。
「ゴロンゴロン回転ストッパー」としての効果がある。ロックしておかねば効果が無いのは言うまでもない。




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さてその三脚座。ほら、116gもある。ミラーレスで言えば単焦点標準レンズと似たような重さ。
まぁ付けても外してもどっちでもいいんだけど、みんな重さにはわーわー言いまくってとても敏感なくせに一脚・三脚持ってなさそうなのになんで外さねーの?っていうただ単なる昔からの疑問なだけだ。




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小中学校時代の母親のように何度も何度も言うが、機材は地面近くに寝かせて並べる(立てるのが良いレンズもあるけどな、短胴のレンズとかさ、自分で考えろな)。

無論子供などが心も身体も自由(無法)に動き回るだとか、マジすか?というほど現場ダスティーだとか、そういう二次災害の危険が無い前提であるし、その場その場でケースバイケースである。書けばきりがない。これも自分でその場で決めることだ。

とにかく一番怖いのは、自分が撮影に入っているとき、見守れないときの不可抗力での落下。転がるくらいは落下より遥かにマシ。
機材のダメージは修理・買い替えなどで機材自体や懐が傷つきながらも復活可能だが、その場でその先予定していた撮影ができなくなる、というのは一番最悪で誰しも気の毒がってくれるが誰もリカバーしてくれないからである。








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by shonencamera | 2016-11-01 01:19 | tips(小ネタ) | Comments(2)


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